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サンダーバード発進!!

鳩山代表は自衛隊を改組してサンダーバード隊を作りたいんですってよ。

サンダーバードですってよ。奥さん。

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20090903-00000088-jij-pol

民主党の鳩山由紀夫代表は3日午後、党本部で新党日本の田中康夫代表と会談し、
新政権で取り組む課題について意見交換した。田中氏は、自衛隊を改組し、

救助活動や医療支援を行う「サンダーバード隊」の創設など、
先の衆院選で掲げた政策を説明。鳩山氏は「いいアイデアが浮かんだ。
サンダーバード隊のようなものを国連演説に入れたい」と答えた。


サンダーバード無題

2chで誰かが言っていたけど、

これが余所の国の首相だったら全力で応援するのに。

もし、災害に見舞われて被災地に援軍が来るとしたら
あなたは自衛隊とサンダーバード隊とどちらがいいですか?


マスコミが全く伝えないので、日本の自衛隊が海外でどんなにすばらしい活躍を
しているのか、日本人は全く知りません。
良ければ動画をUPしますので、ご覧になってみて下さい。

あ、前説いれますね。

-サマーワ市民と自衛隊員-

イラクでは噂が伝わるのが速い。

2004年12月14日の自衛隊の派遣期間が終わりに近づき、
またロケットが打ち込まれると、
「自衛隊は帰るのか?」という懸念が瞬く間に広まった。

すると140人の老若男女からなるデモ隊が
「日本の支援に感謝する」と自衛隊宿営地につめかけ、口々に
「帰らないで欲しい」と懇願した。

それと同時に「自衛隊の滞在延長を願う署名活動」
が展開され、2日間で1500人の署名が集まった。

実は感謝デモはこれで2度目だった。

4月に2度、自衛隊宿営地そばに迫撃砲が打ち込まれると
サマーワ市民による100人規模のデモ行進が行われた。
スローガンは

「日本の宿営地を守ろう!!」

というものだった。
前代未聞のデモだった。英米オランダ軍も驚いて、
自衛隊に矢継ぎ早に問い合わせをしたほどだった。

どうしてこんな事が起こったのでしょうか?

それでは動画スタート  (二コ動に登録していない人は<続き>を読んでね)



これが、日本のマスコミが決して伝えない自衛隊の海外での活躍の真実です。

私は、自分が被災したら、この人達に自分の命をあずけたいです。
サマーワ市民と自衛隊員

イラクでは噂が伝わるのが速い
2004年12月14日の自衛隊の派遣期間が終わりに近づき、
またロケットが打ち込まれると、
「自衛隊は帰るのか?」という懸念が瞬く間に広まった。

すると140人の老若男女からなるデモ隊が
「日本の支援に感謝する」
と自衛隊宿営地につめかけ、口々に
「帰らないで欲しい」と懇願した。

それと同時に「自衛隊の滞在延長を願う署名活動」
が展開され、2日間で1500人の署名が集まった。

実は感謝デモはこれで2度目だった。

4月に2度、自衛隊宿営地そばに迫撃砲が打ち込まれると
サマーワ市民による100人規模のデモ行進が行われた。
スローガンは

「日本の宿営地を守ろう!!」

というものだった。
前代未聞のデモだった。英米オランダ軍も驚いて、
自衛隊に矢継ぎ早に問い合わせをしたほどだった。

イラク人と自衛隊員の信頼関係はどうやって築かれたのでしょうか?
その答えのヒントとなる、いくつかのエピソードをごく1部ではありますが、
紹介させて下さい。


2004年1月26日
番匠幸一郎一等陸佐が率いる 復興支援の本隊・第一次イラク復興支援軍が
サマーワに到着した。
装甲車両には色鮮やかな日の丸が描かれていた。

また、隊服の右胸、左袖、背襟下にも遠目にもよく目に見えるほどの日の丸をつけていた。

多国籍軍からは
「これでは 撃ってくれ と言わんばかり。お前らはどうかしている」
と忠告されたが、

イラク人に「自分達は日本の自衛隊」であることを殊更アピールしたかったからだ。
サマーワにつくと、番匠一佐は現地の人々に繰り返しこう語って理解を求めた。

我々はあなた方の友人としてサマーワに来た。
我々日本も、60年前の先の大戦で敗れ、国土は焦土と化した。
すべてが無に帰し、食料にも困る日々が続いた。

そんな廃墟の中から、私たちの祖父母、父母の世代は立ち上がり、
大変な努力をして、日本を復興させた。そして、その結果
いまや世界第2位という日本を築き上げる事が出来た。

メソポタミア文明という人類にとって偉大な歴史を有する貴方たち
イラク人は偉大な国民だ。
あなた方に同じ事ができないはずはない。

我々は友人として、あなた方が立ち上がるお手伝いに来たのだ。
イラク人にとっては、日本は同じアジアの国である。
さらに自分達と同じ様にアメリカにやられた国だという意識があったようだ。

その日本から「友人として助けに来た」という番匠一佐の言葉は
イラク人の心に響いたに違いない。
宿営地には建設中の段階から、外国の軍人達が表敬や見学の為に訪ねて来たが、

彼らが一様に驚くのは、イラク人作業者達が夕方になってもまだ働いている事だった。
外国の宿営地で雇っている作業者達は3時、4時になると仕事が途中でも帰ってしまう。

夏場には60度にも達するのだ。それも無理はない。
外国の場合は、イラク人作業者に作業を命ずると、彼らだけを働かせるのだが、
日本では幹部自衛官でも、彼らと一緒になって、ともに汗を流した。

宿営地の鉄条網整備の際には、日本人2、3人とイラク人7、8人がチームを作り
有刺鉄線に服はボロボロ、体中、血だらけ汗まみれになって作業を続けた。

昼食は分け合い、休み時間には会話本を指差しながら、仕事の段取りについて
話し合う。
いったん意気に感ずると、とことん尽くすのがアラブの流儀だ。

終業時間の5時を過ぎても、まだ隊員と一緒にブルドーザーに乗って
働いているイラク人の作業者もいた。


イラクの人たちの信頼は厚くなり、
「そこは日本人にやってもらいたい」という要望がどんどん増えていきました。




少し長くなりましたが、自衛隊員がどうやってサマーワ市民との
信頼関係を築き得たのか、大分ご理解頂けたのではないかと思います。


最後に

2004年1月16日、現地のサマワ新聞の記事を紹介して終わらせて頂きたいと思います。





我々は我が県に日本隊が到着するまで、この道徳と

倫理を保持した立派な人々について何も知らず、感情のかけらも無い

技術の革命により、全世界の心を支配するつもりだろうと思っていた。

しかし、日本国陸上自衛隊が県内に到着して数週間の内に、サマワの人々は

彼らが「古きニッポン」の子孫として、愛情と倫理に溢れた人々であることを

見出した。彼らは偉大なる文明を保持すると共に、他の国家を尊重し、他の国民の

家庭や職業に敬意を払う立派な伝統を持っていたのだ。

自衛隊1

                              -マスコミが決して伝えない自衛隊の活躍-


姉妹品に「命懸けで日の丸を守ってくれた外国人の話 」
というのもあります。これも泣けます。
既出なので、見ている方はスルーしてね
。↓

http://www.youtube.com/watch?v=Xcx5y96ImUM

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No title

はじめまして~
テレビや新聞など見てるだけだと、ほんっと実際のことってわかんないもんですよねぇ・・・
じっさい子供の頃はわたし自身「日本は悪い国」「自衛隊は憲法違反」とか素で思ってましたし
それだけに、今はどれだけ日本が素敵な国であるとか、凄い国であるとかを強く思えるようになりましたが

今度の政権交代で、はたして我が自衛隊がどんな未来に放り込まれることになるやら、心配でなりません><

Re: No title

HANA子様  こんにちはー。

インターネットが普及して本当に良かったと思っています!
でなければ、私もマスコミの嘘にだまされていました。

>日本は悪い国」

教科書をなんとかしなければなりませんねー。自虐史教育は日本人にとって
なんの益にもならないです。自分の国を愛せない子供なんて作りたくないです。
自衛隊の未来、私も心配しています。>-<
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